タテモノとオト

このブログでも時々は触れていたりTwitterでも時々呟いていますが現状での建築空間のための音(もしくは音楽)について、自分がやっている範囲で感じている所感をまとめていきます。

そもそも建築空間の音について真剣に考えるようになったのは、かつて銀座にあったhpgrp(H.P.FRANCE)のビルでの数回のイベントにわたりコンテンツを制作したことがきっかけです。その後21_21 DESIGN SIGHTやレクサス青山、またギャラリーやスパなどのために制作をする事になりますが、私がやるようになる遥か前から環境音楽的コンテンツの制作は多くの先人、先輩たちの努力によって行われてきました。ですので表面上は特に目新しい分野というわけではありません。しかしながら自分の場合様々なご縁からヤマハさんの専門部署の方々とご一緒できるという機会を与えて頂いたため、コンテンツだけではなくハード開発の側面からもこれらの現場を経験してきました。特に建築空間用にカスマイズされた同社のYSPシリーズは間接音響という概念に基づくものでこれまでの音響設備にはなかったものです(※1)。またこのヤマハスピーカーにフィットする専用コンテンツを制作した社外の人間としてはおそらく私が初めてです。

建築空間において音響機器は照明機器に比べて10年は遅れている。これはヤマハさんのある技術者の方のことばです。現在間接照明はオフィスや商用空間、そして個人の部屋にいたるまで当たり前のように普及しています。確かに直接照明から間接照明にするだけでその場の雰囲気がまるで変わる。居心地が変わる。そういった意味でこの分野の音響機器はまだまだそこに至らず、極論ですが相変わらず天井にシーリングスピーカーを埋め込むか、壁面にとってつけたように設置するかのいずれか。いざというときには緊急放送も流さなくてはいけないし、安価なものでいいからとりあえず設置するというのが大多数の施主さんの考えですし、それが商用建築における音響設備の現実です。

一方で肝心のコンテンツの問題があります。所謂「環境音楽」は果たしてその場に最適なコンテンツなのか?そうでなければ一体何の音を流すのか?もしくはマーケティングに見当たったコンテンツは何なのか?制作費の捻出や著作権管理は?保守管理は?これらの疑問はクライアントサイドであれば当然の事項であり、制作側もその分野に詳しい音楽関係者が少なければ、やろうとする作曲家やプロデューサーもそれほど多くないというのが現状です。

実際私が経験した案件は全て試行錯誤です。CM音楽のように決められたフォーマットの中でベストを尽くせばよいというものではなく、クライアントや建築家、設備の担当者や従業員の方を交えた内容や運用方法の話し、はたまたコンテンツの方向性は納入するまで流動的で、私の場合は実際の建設現場に機材を持ち込んで、そこで作曲からスタートする場合まで多々ありました。実際その空間でその音がどう響くのか、その場に適した音なのか、その辺りはアトリエでは実作業はできても結論は見えず、結局は机上の論理で終わってしまう。

事実レクサスインターナショナルギャラリー青山は企画から納品まで1年かかっています。今年やらせて頂いた東陽町にあるドコモの工場では数日通い現場の隙を見ながらそこで音を出しながら追い込んでいきました。21_21 DESIGN SIGHTや港北の温浴施設、DESIGNTIDE Tokyoの会場では打ち込みをそこでやり現場でプレゼンしました。六本木アートナイトではスタートぎりぎりまで音量や音質のバランスを作りこみます(※2)。ここまで書くと非常に困難なように感じますが、実際には現場にいる人たちを掴まえて直接意見を伺うことができるので、これ以上のやり方は存在しません。そもそもCDか何かで音源を持ち込んで音量調整だけして終わりという類いのお仕事ではありません。そこには目に見えない音の「責任」が存在しているのです。しかもBGMかというとそういうわけではない。場所によっては聴こえない音を配置し、その場の音響特性を電気音響的に変えてしまう。もしくは建材だけで音環境を整え、音をつけることをしないという選択を下す事もあるわけです。こうなるともはや作曲というよりもサウンドデザインになってきますし、音響建築の分野と非常に接近する。メロディーや曲調でどうこうできる問題ではなくなってきます。

これまでのいくつもの現場を通じて思うことは、やはりこの分野はコンテンツも含めた総合的な「音の設備」としてのポジションを確立しなくてはいけないという事に尽きます。これまでの環境音楽的もしくはアート的な「特別なもの」としての立ち位置は見直す時期をとうにすぎていると思っています。音の設備として安定した性能を保ち、朝出社した人がポンと押せば簡単に音がスタートする、もしくは時間が来れば自動でスタートしてエンドするシンプルな運用システム。そしてコンテンツとして長年使用できる内容である事、もしくは簡単に更新可能な事。以前から私が言っている「音の機能美」とはコンテンツとハードの有機的な結びつきの事でもあります。

現在映像におけるデジタルサイネージではこのような機能をもつ事は当たり前ですが、音響機器、特に再生機の分野にはこれに該当するものはほぼ皆無です。唯一シンプルさコストパフォーマンスの高さではiPodもしくはiPadがあげられますが「設備」としての使用に耐えうるハードかどうかは今のところ未知数です。ましてやマルチトラック再生(ひとつの機器から複数の音を同時に再生する事)を考慮すると、まず不可能。レコーディングに使用する業務用機器もそれほど種類は多くなく、価格も気軽に入れられるものではありません。施設に特化した再生機はいくつかあっても複数音の再生のためには複数台導入しなければならず、その分使い勝手と保守管理、そしてコストに跳ね返ってきます。専用PCを組んだとしてもやはり安定性の面で不安が残ります。

現実的なのはデジタルサイネージシステムとのドッキングですが、それをスムーズに行えるワークフローは検討も構築もあまり進んでおらず、映像と音の制作の同時進行はまだまだあらゆる面で乗り越えるべき障害が多いのが現状です。

おそらくいまのままでは、この分野がまた未発達のままさらに不景気の煽りも受けて、クライアントにとっては一見難しいそうで出来れば避けたい面倒くさいものとして萎んでしまうかもしれない。と同時にクリエイター側も難しい要望に応えるために数ヶ月ないしは1年拘束されてしまうような制作体勢を精神的にも経済的にも維持できないと思ってしまえば自然とその分野に関わる人口も減ってしまうでしょう。そうならないためにもスピーカーや専用再生機といったハード面とその場にあった音を生成し随時更新可能なコンテンツというソフト面の両面をクリアする新しい機器の概念と設計が必要です。それこそ照明器具のようにポンと設置して調整していけばその場を様々に演出できる、もしくは導入後に運用者が多少の調整をその場で簡単にできる。時の流れに応じて設置場所すら変えられる。そういう新しいプロダクトが必要です。またそれに先だってクライアントとクリエイターの間に立って運用後の保守管理を行う組織作りとワークフロー作りが不可欠です。私が関わった案件ではそういった体制作りを最優先事項としています。もしも機器が壊れたコンテンツが再生できなくなった、そういう時に全て私が駆けつけられればベストなのですが、現実はそうもいかない場面が多々あるのです。
いかにクライアントや建築家が安心して設備として導入する事が出来るか。そして単純なBGMとしてではなく、その建築の目的にフィットした音のデザイン。電気音響とコンテンツとのより密接な関係。場合によっては聴こえない音によってその場の音響特性だけに変化を与え、居心地をよくする。場に合った「聴こえる音」と「聴こえない音」の使い分け。もっとそこに突っ込んでいかなと建築と音の本当の融合はあり得ないと個人的には思っています。

私が経験した現場での方法論は、次のステップに行かなくてはいけませんし、その体制作りに向けて少しずつ歩んでいます。おそらく向こう数年で状況は変わってくるかもしれませんし、海外でもそういった動きが加速するかもしれません。

また、音に関わる日本の企業の参加も不可欠です。その点で私は特にヤマハさんには個人的にも大変期待していますし、他のメーカーさんに対しても同じ思いです。ヤマハさんとは全ての案件でご一緒できる状況を確立することが出来るわけではないものの、今後も現場を通じてもしくは開発者の方々との意見の交流は続けていきます。そして何より建築家やデザイナーの方々にもっと興味を持って頂けるよう私自身努力しなくてはいけません。

真の理想は将来的に自分ごときがゴチャゴチャ言わなくても、そういう分野が勝手にどんどん発展していってくれる状況を少しでも作ることではありますが。

最後になりますが、今の状況でひとつ言えるのは、この分野においては作曲、エンジニアリング、プログラミング、そしてハードとソフトの境目が増々曖昧になっていくという事。また建築家やデザイナーから音(もしくは音楽)を考察するための新しい言語や概念が必要になると思いますし、その逆もまたしかりという事です。実際には大変な事ばかりでもありません。これらの分野が新しいクリエイションや価値観を生むポテンシャルは非常に高いと思っています。

私はあくまで現場の立場から、今後見えてくるものを伝えていきたいと思っています。

以下は参考資料としてのURLです↓

※1)ヤマハ、空間コンセプトを音環境デザインで実現(2008年9月24日)
http://www.yamaha.co.jp/news/2008/08092402.html

※2)これまで私が関わったプロジェクトの抜粋です。
http://www.hatanakamasato.net/jp/space.html

畑中正人
http://www.hatanakamasato.net/